2013年3月3日日曜日

ブログを書くということ

このbloggerについては、2005年ぐらいから使い始めていたのだけど、1年ぐらいで放置。いま新たに始めてみると、機能の充実ぶりがすごい。よくわからない。笑

いきなり話は飛ぶが、欧米における自意識の確立については、ルソーの「告白」が有名だが、こうした意識を生み出す背景に、カソリック教会での懺悔が大きく影響を及ぼしているという文章を興味深く読んだ記憶がある。自分を語る、それは衝動として始まるが、語るうちに整理が始まり、いつしか内省を生み出す。ブログの浸透による現代人の自己意識の変化に興味がある。

これに関連することとして、FBでの投稿は間違いなく「それを見る人」を大きく意識する。あいまいではあり、宛先のある手紙となる。写真がその意識をさらに高める。
しかしブログは宛先はより一層曖昧になり、あえていえば茫漠たる社会となる。それは表現への欲求ということでもある。

いま書いていることはブログでは書いても、FBに書くことはない。言い換えれば、こうした気ままなメモを自ら重ね、それを表現としていきたいという欲求が私をブログに向かわせた。

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